イッテQやらせ・捏造問題は本当に悪なのか。

 

日本テレビの『世界の果てまでイッテQ!』が、世界の祭りとして紹介した祭りの一部がやらせだったというニュース。

でも、これは本当にそこまでの悪なのか

出典:NEWSポストセブン

上記はやらせ候補のリストだが、この祭りをあなたは覚えているか?

申し訳ないがぼくはほとんど覚えれいない。

 

イッテQやらせ問題について朝起きればテレビをつけ家に帰ればテレビをつけるテレビっ子が語ってみる。

そもそもテレビなんてフィクション

ぶっちゃけぼくはテレビをよく見るがテレビのことなんて基本的に信じてない。報道、バラエティ、ドキュメンタリー問わずだ。

情報の入り口や見出しに過ぎないと思ってる。

理由は単純でスポンサーがいて人が製作していて必ず、そこには思想や目的が入るから。

その時点で100パーセントの真実は出てこない。

何らかの思想や解釈によって製作側のストーリーに沿ったフィクションが出来上がっている。

にもかかわらず、報道の自由などというわけのわからない権利を振りかざすわけだ。

 

わかりやすい例は政治についての報道だろう。

もう一般常識レベルの話だが、あれは、エンターテイメント性とスポンサーの意向によって面白おかしく切りぬかれたドラマに近い。

でも、これ自体は至極当たり前のことだろう。

ただ真実を垂れ流すほど退屈なものもないし、何事にも平行で平等なメディアなんてお金を払う意味がない。だって、お金を払っても言うことは聞いてくれないわけだからね。

誰かが何かを伝えるということには目的が存在する。

つまり純度100パーセントの真実はメディアからは出てこない。

もちろん、ブログや個人のツイッターもそうだ。

 

と、ここまでのは前提として真実を下敷きに編集したものに対しての話だ。

今回のイッテQやらせ捏造は、存在しないものをあると言っていたわけだからそれは悪だろう。

舞台となった国に対しても他国の文化を侮辱したことになるのでしかるべき謝罪は必要だろう。

イッテQの捏造。でも、そんなに怒ることか?

あの番組のお祭り企画を見て、今回のやらせ疑惑お祭りを見て、あなたはなんらかの感銘をうけたか?出てきた国に対してイッテQのお祭り企画から何か学んだか?

答えは大部分の人がNOだろう。

多くの人にとってそれは、休日の夜に笑いを提供してくれた存在でしかなく、数時間後にはどうでもよくなってしまうような内容だ。

そしてイッテQの目的は上記で達成されている。

なぜならあの番組は報道ではない。

真実(のようなもの)を伝える番組ではなく、バラエティであり笑いを提供するものだ。

そこには笑わせるための台本がりシナリオがある。やらせという言葉にも若干違和感を感じる。

単に台本通りのフィクションだったというだけの話。

正直に信じる方がマヌケだ。(ぼくは信じていたが)信じてたのよ!イッテQ!!

 

その程度の番組だったはずのイッテQのやらせに対して、よってたかって叩いてる。

笑えたのであればいいではないか。(やらせの対象になってしまった国に関連する気持ちで叩くのは全うだろう)

自分たちにとってどうでもいい情報だったはずなのに、それが嘘と分かった瞬間まるで信じてたのに裏切られたと言わんばかりに喚く。

さらに我先にと率先して叩くメディア

それを見てあれやこれやと騒ぐ民衆。

メディア各社も多少は潤ったのではないだろうか。

結局のところメディアに平等や真実を求めることそのものが間違っていると思う。

求めたところで巧妙にウソの隠されたものしか出てこない。

 

テレビは結局のところ話半分に見ておくのが正解だ。

そして適度に笑えてたまにきっかけをくれるテレビを僕は嫌いじゃない。

 

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